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 ネコキン翔太 後編 


ネコキン翔太 後編

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 家に帰ってからが大変だった。洗っても洗っても黒い水が出てくる。
 (どんだけ汚れてたんだよ。これじゃあ、ネコキンって言われてもしょうがないぞ)
 おまけにイヤがって逃げようとするし。ちゃんと押さえていなさい!ってお母さんに怒られたけど、あんまり力を入れたら壊れそうな気がするんだもん。お陰で僕の手には小さな引っかき傷がたくさんできた。そんなこと全然構わないけど。
 それにノミとシラミっていうのを初めて見た。
 (ノミって本当にピョンピョン跳ぶんだぁ)
 って感心していたら、
 「何見てるのよ!早く捕まえてよ!!」
 とお母さんが叫んだ。お母さんは虫嫌いだ。それに本当は動物も苦手なのを僕は知っている。一生懸命仔猫の毛づくろいをしているお母さんに向かって、小さい声で「お母さんありがとう」と言って、ガムテープを持ってノミを追いかけた。お母さんのためにも一匹も逃がすもんか!

 そうこうしていたら、晩ご飯の時間がすごく遅くなった。
 「おっ、なんだ?今ごろ食べてるのか?」
 お父さんが帰ってきた。
 「それがねぇ、アレ、見てよ」
 お母さんが、新しく用意されたみかんのダンボールの中にしかれたタオルの上で、寝息を立てている仔猫を指差す。
 「猫じゃないか。どうしたんだ?」
 「実はね・・・」
 と言って、お母さんは今日のことをお父さんに話した。ネコキンのことまで。
 「この子がやさしい子に育ってくれているのがうれしくってね、連れて来ちゃったの。ごめんなさいね」
 ごめんなさい、と言いながらお母さんは笑っていた。僕はやさしい子だなんて言われて恥ずかしかったので、テレビに夢中になって聞こえていないふりをした。別にやさしいつもりなんてなかったのに。だけど、にやけそうになっちゃって、聞こえていないふりをしているのが大変だった。
 「だからね、悪いけどあなたも飼い主探し協力してね」
 「そうか。わかった。明日会社で聞いてみるよ」
 
 ご飯を食べ終わると「どれどれ」と言ってお父さんが仔猫を見に行った。
 「ダメだよ。寝てるんだから」
 仔猫が起きちゃった。お父さんのニオイをかいでいる。
 「ほうら、オレがこの家の主だぞう」
 「そんなこと言ってもわからないわよ。犬じゃないんだから」
 「いや、そんなことないよなぁ?こんなにニオイをかいでるじゃないか。きっと本能でエライ人がわかるんだよ」
 「臭いだけじゃないの?」
 「そうか?お父さん臭いか?そりゃ、参ったな。そうだ、こいつお腹すいてるんじゃないか?赤ちゃんだから何回も食べるんだろ?」
 「そうかも!」
 僕は慌てて冷蔵庫へ向かった。
 牛乳を飲んでいる仔猫をみながらお父さんが言った。
 「こいつ、青い目してるんだな」
 「そうよ。キレイでしょ?大変だったのよう、目やにがひどくってね。お湯でふいたんだけど、しばらくかかったわよ」
 「スッキリした顔してるし、手足も長いし、美人になるんじゃないか?こいつ。翔太、手放すのもったいないだろう?」
 「そんなことないもん!浩介とも絶対飼い主見つけるって指切りしたし」
 ムキになってしまった。そんなことないもん。そんなこと・・・ないもん・・・。

 その日はうれしくって、なかなか寝付けなかった。

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 次の日、起きると僕はすぐに仔猫を見に行った。
 「おはよう、元気か?」
 だけど、猫はまだ寝ていた。ちょっとなでてみたら、全然反応がないからビックリしたけど、お腹が揺れているから安心した。
 (よく寝るなぁ。赤ちゃんは寝るのが仕事だからな)
 僕はあんまり気にしないで、朝ご飯を食べて僕の仕事である学校の準備をした。
 「お母さん、僕が学校に行ってる間、よろしくね」
 「はいはい、わかってますよ。早くいってらっしゃい」
 「いってきまーす」
 今日は学校に行くのがイヤじゃなかった。仔猫と離れるのがちょっと寂しいけれど。

 学校で僕と浩介は飼い主探しの相談をした。浩介が僕と一緒にいるのでみんなビックリしてる。竜也が邪魔してきた。
 「おい、浩介。クサくないのかぁ?ネコキンに近づいて」
 僕と浩介は顔を見合わせて、へへ、と笑った。
 「別に。オレもネコキンだもん」
 「は?どういうことだよ」
 「昨日、オレもあの猫に触ったんだよ。かわいかったぜ」
 「へ〜、わざわざ自分から行くとはご苦労さんだな。みんな!浩介もネコキンだぜ。ネコキン翔太とあわせてネコキンコンビだ」
 「好きに呼べばいいさ」
 
 あいかわらずおふざけ連中が「クッセー」を繰り返しているけれど、僕らは気にしないで飼い主探しの相談を続けた。
 「クラスの連中にも聞いてみようぜ」
 「うん、その方がいいよな」
 お昼頃には僕たちとみんなの距離はだいぶ縮んでいた。まだからかってくるやつらはいるけれど、浩介が仲間になったことが大きい。浩介は頭もいいし、しっかりしているから、みんなから信頼されている。
 まず、女子から声をかけることにした。女の子は基本的に仔猫が好きだ。・・・と思う。なんとなく距離を置きながらも、話を聞いてくれた。
 「でも、その猫、目がつぶれてるんでしょ?」
 「ああ、それなら大丈夫。洗ってあげたら、ちゃんと見えるようになった。目やにがついていただけだったんだ」
 「あっ、家の猫もよく目やにつけてるよ。じゃあ、いまその猫、翔太くんの家にいるの?」
 「うん、そう。昨日連れて帰ってきた。お父さんが美人になるだろうって言ってたよ」
 「かわいい?」
 「うん。とっても。だから誰か猫欲しい人がいないか、近所の人にでも聞いてみて欲しいんだ」
 「わかった。お母さんに話しておく」
 「ありがとう。頼むな」
 そんな調子で、けっこう上手くいった。浩介なんか特徴教えたらポスター描いてくれるって人までつかまえた。ちぇっ、浩介のやつ、もてるからな。なんかくやしい。

 「今日塾あるから、明日猫見に行っていい?」
 「うん。洗ってずいぶんかわいくなってるから、ビックリするよ」
 僕と浩介が珍しく次の日の約束をしながら昇降口を出たら、小原聡子が前を歩いていた。背が高いからよく目立つ。ちょっと考えてから
 「じゃあねぇ、小原!」
 と言ったら、驚いた顔で振り返ったあと、小原は笑って
 「じゃあね、今野くん」
 と言った。なんか(やったぜ!)って気分だ。笑うとけっこうかわいいじゃないか。僕より背はずっと高いけど。

 うちに帰ると、猫はタオルを巻いてお母さんの膝の上にいた。
 「おかえり、翔ちゃん。この子、ちょっと様子変なのよ」
 「えっ!?」
 靴を脱ぎ捨て、カバンも背負ったまま猫の側に行く。本当だ。目もつぶったまま、小刻みに息をしている。
 「朝から何も食べてくれないし、身体も冷たいからずっとこうやってあっためてるんだけど・・・」
 「ねぇ?どうしたんだろう?家がイヤだったのかな?どうすればいい?この子どうなっちゃうの?」
 僕は早口で言う。
 「わからないわよ。お母さんお医者さんじゃないもの」
 そうか。医者。病院に行けばいいんだ。
 「じゃあ、お医者さんに連れて行こう!そうしないとこの子死んじゃうよ!」
 「・・・いい?翔ちゃん。人と違って動物のお医者さんは保険っていうのがきかないから、すごくお金がかかるのよ。1回行っただけで、翔ちゃんの好きなゲームソフト買えるくらいかかるのよ?」
 ・・・そうなんだ。動物を飼うって大変なんだ。僕は考えた。僕の計画では誕生日に何を買ってもらうか、クリスマスに何を買ってもらうか、もう決まっていた。欲しいものの中からどれを飼ってもらうのが一番いいか、すごく悩んでのことだった。
 「ねぇ、お母さん!僕、誕生日プレゼントいらないからさぁ!だからこの子病院に連れて行ってあげてよ」
 お母さんはちょっと笑って「わかったわ」と言った。そういえば、お母さんはもう上着を着ていた。ポケットの中には車のキーも入っていた。たぶんお母さんも僕が帰ってきたら病院に連れて行く気だったんだ。

 病院の中は犬ばっかりだった。それと猫が1匹。あとからインコ?・・・鳥がやってきた。順番が来るまでの時間がすごく長かった。
 仔猫は看護婦さんに連れて行かれると、体重を計って、グリッと目を見られた。人間のお医者さんとあんまり変わらないみたいだ。お医者さんはそのあともいろいろやってから注射をした。
 (うわっ!痛そう・・・)
 小さい仔猫に注射器がやけに大きく見えた。仔猫は抵抗しなかった。そうする元気もないのかもしれない。すごく、かわいそうだった。
 お母さんがお医者さんから説明を受けている。なんだか悪いところがたくさんあるみたいだ。僕のせいかな?僕が無理させたからいけなかったのかな?

 「お大事に」
 カランと扉を押して病院を出る。
 「運転するから、翔ちゃん抱っこしてて」
 「うん。・・・お母さん、この子どうだったの?僕のせい?」
 「違うわよ。翔ちゃんのせいじゃないの。・・・ただね、ずっと1人でいたから体がすごく弱っているんだって」
 「すごく、って・・・死んじゃうくらい?」
 「・・・そう。死んじゃうかもしれないくらい。だからね、翔ちゃん、ちゃんと看病してあげるのよ」
 「・・・うん」

 そのあと、晩ご飯とお風呂に入っているとき以外、僕はずっと仔猫といっしょにいた。病院での注射と、お母さんがゆでてくれたお刺身のおかげか、仔猫は少し元気になったようで、ちょっとだけ安心した。本当は寝たくなかったけれど、しょうがないからあとはお母さんにお願いして眠った。
 元気になった仔猫と遊んでいる夢を見た。

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 「おはよう、猫どう?」
 僕はいつもよりすごく早く起きた。お母さんは疲れた顔をしていた。
 「自分で確かめてみなさい」
 お母さんの言葉の意味がなんとなく分かった。ヒヤッとしたものが背筋を流れる。恐る恐るみかんのダンボールをのぞくと、仔猫のお腹は動いていなかった。
 (寝ているのかもしれない)
 信じられなくて触ってみた。堅かった。
 「お母さん・・・これって・・・」
 「うん・・・死んじゃった」
 「ホント?本当に死んじゃったの?」
 「そうよ」
 「ぅう・・・うぅ・・・うわぁぁん」
 僕は泣いた。泣かないはずだったのに。

 玄関を出るときにお母さんが言った。
 「きっとね、猫ちゃん、翔ちゃんに拾われて幸せだったわよ。最後にこんなにかわいがってもらえたんだもの」
 「・・・うん」
 「ね?だから元気出して。学校頑張ってね」
 「うん。・・・いってきまーす」
 もう、頑張る理由なんてなくなったじゃないか。

 昇降口で浩介と会った。
 「今日は他のクラスにも行ってみようか。飼い主探し」
 「あのね・・・浩介。猫・・・死んじゃったんだ」
 「・・・そうか」
 「今日、見に来る約束だったのにね。ごめんな」
 「ううん」
 教室に入るまで僕も浩介もそれ以上何もしゃべらなかった。

 教室のドアを開ける。いつもより重たく感じた。
 「おお!ネコキンコンビの登場だ!うわっ、2倍の威力だ。これは強力だぞ」
 教室に入ったとたん竜也が叫ぶ。バカか?こいつ。それにいつものおふざけ連中も加わる。最初は無視していたが、だんだん我慢できなくなってきた。
 「いい加減にしろよ!お前ら何がしたいんだよ!!あの猫なぁ、死んじゃったんだぞ、今日の朝!もっと早く拾っていれば死ななくて済んだかもしれないのに!!!」
 僕の大声に教室中がシーンとする。僕は普段大きな声を出すようなキャラじゃない。責任を押し付けるように、みんなの視線が竜也にそそぐ。
 「・・・そうか・・・死んだのか」
 竜也はそれだけ言うと、自分の席に座った。「死んじゃったの?かわいそう」と何人かの女子が寄ってきたけど、「うん」とだけしか言えなかった。他に何が言えるだろう?  それからネコキンと言ってからかわれることはなくなった。

 僕と浩介は放課後、猫のお墓を作る約束をした。やっぱりカエル公園がいいだろう。ダンボールのあったところにお墓を作ることにした。竜也がその話を聞きつけて近づいてくる。
 「なぁ、俺も行っていいか?」
 「なんでだよ」
 「ダメか?」
 「・・・いいよ。カエル公園に4時だぞ」
 「ああ、わかった」
 竜也は調子に乗りやすいけど、別に悪いやつじゃない。

 穴を掘っている間、僕らは何もしゃべらなかった。草が多いから根っこがひっかかって、深く掘るのがけっこう大変だった。
 順番にシャベルを持って、順番に動かない猫を抱っこした。僕らは3人とも、金魚以外の死体を触るのは初めてだった。
 「竜也もネコキンだね」
 「うん、これで竜也も仲間だ」
 「ああ、俺もネコキンだ。ネコキントリオだな」
 僕らは少し笑った。

 晩ご飯を食べているとき、お母さんが言った。
 「ねぇ?翔ちゃん。欲しいんだったら、ペット飼ってあげようか?猫は無理だけど、ハムスターとかなら、他にも内緒で飼っている人いるし大丈夫よ?」
 僕は別にペットが欲しかったわけじゃない。ペットが欲しかったわけじゃないんだ。
 「ううん。いらない」
 はっきりとそう言うと
 「そう」
 と言って、お母さんは笑った。






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