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 四郎草 


四郎草


 四郎草という植物をご存知でしょうか?そう、目の薬になるあれでございます。ではなぜ四郎草というのかはご存知でしょうか?
 そうですか。それなら今日はそのお話をいたしましょう。

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 ほどよく昔、ある子どもがおりました。名を四郎といいます。なぁに、どこにでもいる子です。ただ四郎が他の子と少しばかり違いましたのは、とても誠実で正直で思いやりのあるとだということでした。もちろんどの子だってそうに違いないのですが、四郎はその性質が特別強かったということなのです。

 四郎はそういった性質でしたので、村の人たちからとても好かれておりました。そして四郎も村の人たちが大好きでした。
 けれど村の人たちは四郎にはちょっと困ったところがあると思っておりました。それは例えばこういったことが度々あったからです。



 あるとき四郎は友達の家に遊びに行きました。その家ではドジョウを飼っております。もちろん四郎は生き物が大好きでしたので、楽しそうにじっと見ておりました。じっと見ていますと、なんだかドジョウが「家に帰りたい」と言っているような気がしました。もちろんドジョウですから口をパクパクさせているだけなのですが、四郎にはそう聞こえたのです。そこで四郎はそのドジョウを川に帰してしまいました。

 またあるときは、近所の鶏が卵を取られるのが嫌だと鳴いているのを聞きつけて走っていって、一緒に泣きながら卵を取らないでくれとお願いしたこともございました。

 そのように少し困ってしまうことがありましたが、四郎がやさしいのはみんな知っていましたので、村の人たちはやっぱり四郎のことが大好きなのでした。



 さて、そのように動物達の親切にしているうちに、いつか四郎は動物達の声がしっかりと聞こえるようになりました。村の人たちも「神様がくださった力だ」とたくさん喜んでくれましたが、一等喜んだのはもちろん四郎です。四郎は張り切って動物達にもっとよくしてやりました。

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 しばらくたったころ、新月の晩に一匹のモグラの子が四郎を訪ねてまいりました。

 「遅くにお邪魔いたします。こちらは四郎さんのお宅でしょうか?」

 モグラの声が聞こえるのは四郎だけですので、四郎は家族を起こさないように気を付けながら戸口に行きますと、小さい声で言いました。

 「四郎は僕だよ。わざわざ訪ねて来てくれるなんて、よほど僕に頼みたいことがあるんだね。」

 「ええ。四郎さんはなんでも私たちの言葉がわかるということですので、ここは四郎さんにお願いするしかないと思いまして、こうして訪ねてまいりました。」

 「ふん、うれしいね。それで頼みごとというのはなんだい?僕に出来ることならいいのだけれど。」

 「はい、申し訳ないと思いつつもこうして夜遅くに訪ねてまいりましたのにはわけがありまして、私たちモグラは強い光の中ではとても弱ってしまうのです。けれどタンポポの根っこの話を聞きますと、お天道様の光というものはとても美しいもので、その光を浴びながら風に吹かれていますと非常に気持ちが良いのだそうです。それで私も一度その気持ちを味わってみたいと思いまして、どうにかならないものかとこうして訪ねてまいりました次第です。」

 「うん。あれは素晴らしいものだよ。あの気持ち良さを知らないのはかわいそうだ。よし、僕がなんとかしようじゃないか。・・・しかし、君は光が苦手なんだったね。それではだんだんと慣らしていくことにしよう。さっそく明日の晩から始めることにしようじゃないか。迎えに行くけど、どこがいいかい?」

 「ありがとうございます。それでは明日、甚六さんの畑のとなりの桃の木の前でよろしいでしょうか?」

 「ああ、別段構わないよ。そうしよう。さあ、今日は遅いからもうお帰りよ。ご両親には言ってきたのかい?心配をかけてはいけないよ。」

 「お気遣いありがとうございます。起こしてしまって申し訳ありませんでした。それではおやすみなさいませ。」

 「ああ、おやすみ。」

 そういうとモグラの子は何度も振り返ってお辞儀をしながら帰っていきました。

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 次の日の晩、四郎が約束通り甚六の畑のとなりの桃の木の前に行きますと、待ち切れないといったようにモグラの子はもう土から出て待っておりました。

 「やぁ、待たせてしまったかい?」

 「とんでもありません。私の気が急いているだけでございます。」

 「ところで今日は新月だけれど、この星の明かりは平気なのかい?」

 「ええ。なにぶんあまり外に出たことがございませんので良く分かりませんが、どうやら平気なようでございます。話には聞いておりましたが星というのもとても綺麗なものですね。」

 「ああ。確かに今日はたくさん星が出ていて美しいね。しかしこれくらいで明るいなんて言っていてはいけないよ。満月の夜なんかはこれの何倍も明るいんだから。」

 「そうですか。やはり綺麗なのでしょうね。」

 「それはもう。それにね月の光は太陽の反射なんだ。だから月の光は太陽の光なんだよ。」

 「そうなんですか。それは嬉しいです。月も見てみたいものですね。」

 「よし、それならこうしよう。今日は新月だからこれからだんだん月が大きくなってくる。毎晩外に出てそれに慣らしていくことによう。それでいいかい?」

 「ええ、もちろんです。ありがとうございます。けれど四郎さん、大変ではないですか?」

 「なぁに、君の役に立てることが嬉しいんだ。なんてことはない。じゃあ、とりあえず今日は話しながら散歩でもすることにしよう。モグラくんは足が遅いから、僕の肩に乗るといい。」

 そうして、それから毎晩四郎とモグラの子は一緒に月夜を散歩しました。最初のうちは四郎も本当に楽しかったのです。しかし毎晩ともなりますと四郎の親もいい顔をしませんし、何より昼間眠くて仕方がないのです。四郎はだんだんモグラとの散歩が面倒くさくなってまいりました。



 そして満月までもう少しという晩のことです。四郎はいつもの通り甚六さんの畑の隣の桃の木の前に行きました。

 「こんばんは四郎さん。今日は特に綺麗な夜ですね。風もなくてとても静かです。さて、今日はどこに行きましょう?何を話しましょう?」

 「そのことなんだけどね、モグラくん。君ももう随分慣れたと思うんだ。」

 「はい。満月の夜が待ち遠しいです。」

 「うん。いいことだ。しかし君はどうやら大分優秀なようだから、試験をしてみようと思うんだ。それに合格したらもう夜の散歩は卒業だ。」

 「もう、卒業ですか?」

 「ああ、充分だと思うね、実際。君があんまり優秀なもんだから。」

 「お褒めに預かり光栄です。それでその試験というのはどういったものなのでしょう?」

 「今日僕はありったけロウソクを持ってきた。これを君の側で点ける。大丈夫なようなら一本ずつ増やしていくからね。全部のロウソクが点いても平気だったら合格だ。」

 「わかりました。では早速始めてください。」

 「よし、1本目をつけるよ・・・どうだい?」

 「はい。チラチラ燃えるのが綺麗です。」

 「大丈夫なようだね。ではどんどん行くよ。2本・・・3本・・・4本・・・5本・・・どうだい?」

 「はい。まだ平気でございます。」

 「そうかい。・・・10本・・・15本・・・これで半分だ。」

 「少し・・・眩しくなってまいりました。」

 「そうかい。しかしちょっと風が出てきたね。火が消えるといけないから、いっぺんにつけてしまうよ。・・・20本・・・25本・・・30本・・・これで全部だ。」

 「はい。眩しくはございますが・・・どうやら大丈夫なようです。」

 「それは良かった。合格だ。君は本当に優秀だね。これで夜の散歩は卒業。明日からは昼に出てみることにしよう。」

 「ありがとうございます。これでとうとう・・・嬉しいです。」

 そうして、四郎とモグラの特訓は終わりとなりました。これでぐっすり眠れると、四郎はあくびをしながら笑っておりました。

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 次の日の昼、四郎は甚六さんの畑の隣の桃の木の前に行きましたが、モグラの姿が見当たりません。呼んでみると力のないモグラの声が聞こえてまいりました。

 「申し訳ありません。四郎さん。昨日ちょっと無理をしたようで、体調がすぐれないのでございます。また明日にしていただけますか?」

 「なんだ、具合が悪いのかい?それなら仕方がない。また明日来るよ。それまでに治しておくんだよ。」

 「はい。申し訳ありません。」

 これでやっと終わりにできると思っていたのに、やれやれだと四郎は少し腹が立ちましたが、相手は病人ですし、どうせあと一日だと思って我慢しました。そして、その日は久し振りに人間の友達と遊びました。その間、モグラのことはすっかり忘れておりました。



 また次の日、四郎が甚六さんの畑の隣の桃の木の前に行きますと、今日もモグラの姿が見当たりません。四郎は少しイライラした声でモグラを呼びました。

 「モグラくん!いないのかい?モグラくん!!」

 「四郎さん。ここでございます。すぐ側の土の中でございます。」

 「なんだ。そんなところにいたのかい。どうだい?具合は良くなったかい?」

 「はい。なんとか。しかし、やはり外に出るのに気後れしてしまいまして。」

 「そうかい、そうかい。それならいいんだ。そりゃ、初めての昼間の外だもの。怖いのは当然さ。」

 「そう言っていただける多少気が楽ですが、私が単に臆病なだけでございましょう。土の竜が聞いてあきれます。」

 「まぁまぁ。しかし、大丈夫だよ。今日は麻袋を持ってきたからね。まずそれに入って、そうしたら僕が日陰に連れて行ってあげよう。ね?だからまず土から出ておいで。」

 「それはありがとうございます。では、鼻だけ出しますから。袋をかぶせてください。そうしたら中に這い出します。」

 「本当に臆病だね。そんなに心配することはないのに。でもまぁいいよ。おっ、モコモコしてきたね。ここかい?ほら、かぶせたよ。すっかり出ておいで。」

 「ああ、やっぱり暗いのは落ち着きますね。入りました。なるたけ揺らさないようお願いします。お天道様を見る前に気持ちが悪くなってはいけませんから。」

 「わかったわかった。それじゃ、出発するよ。」


 「さぁ、着いた。心の準備はいいかい?」

 「え?もうですか?まだ5分も経ってないじゃないですか。」

 「当たり前だろう。すぐそこの日陰に着ただけなんだから。それより、すぐ始めていいのかい?」

 「ちょっと待ってください。やっぱり少しずつ出ていってもよろしいでしょうか?」

 「おいおい、それじゃあ、さっきと何も変わらないじゃないか。しかし、君の好きなようにするといいさ。」

 「それでは左足から。特に何も感じませんね。」

 「それはそうさ。だから、日向にすればいいんだよ。いいかい?引きずるよ。」

 「ああ、そんなに引っ張らないでください。あっ、しかし、これは暖かいですね。お天道様の光というのは暖かいものなんですね。」

 「そうさ、気持ちが良いだろう。そら、こっちのほうがいいじゃないか。」

 「次はしっぽ。そして右足。ぽかぽかといい気持ちです。こんななかで過ごせたら、どんなにいいでしょうね。」

 「だから、早く出ておいで。もう随分慣れただろう?」

 モグラの子が本当にゆっくり出てくるものですから、木陰に着いてからもう30分以上も経っております。四郎は大分イライラしてまいりました。

 「もう少し待ってください。いざとなるとなかなか踏ん切りがつかなくて。」

 「なら僕が押してあげよう。そら。」

 そういうと、四郎はモグラの子を一気に麻袋から押し出しました。

 「ちょっと待ってください。四郎さん。うわぁぁ!」

 一声叫ぶと、モグラの子はそれきり動かなくなってしまいました。

 「・・・モグラくん?おい、モグラくんったら。ふざけるのはおよしよ。」

 いくら四郎が声をかけても揺すってもモグラの子は動きません。四郎もしばらく呆けたように動きませんでしたが、ふと我に返るとブルブル震える手でモグラの子を麻袋に入れ直しました。
 そのあと、四郎は誰にも会わないようにと祈りながら、フラフラと家に戻りました。太陽がギラギラ照り付けていました。



 家に帰ると四郎は部屋にこもって夕飯も食べずに、じっとモグラの子の顔を見ていました。モグラの子の顔は心なしか微笑んでいるように見えました。

 「ごめん。ごめんよ。・・・僕が・・・。」

 何度謝ってもモグラの子が再び動き出すことがないのは知っていました。この微笑みが何のためなのか考えながら小さい体に触れると、びっくりするほど堅くなっていて、手足はピンと伸びたまま、持ち上げてもびくともしません。四郎の目から大粒の涙が流れました。

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 昼間とは違い、空には雲が垂れ込めています。四郎は家を抜け出してモグラの家へ行きました。

 「これはこれは四郎さん。うちの坊主を知りませんか?この時間になっても家に戻らないのです。」

 「それが・・・その・・・。」

 四郎はいままでのことを隠さずにすべて伝えました。そして麻袋からすっかり冷たくなったモグラの子をやさしくやさしく出してやりました。

 「・・・そうですか。」

 そう言ったきり、モグラのお父さんはじっと我が子を見つめ、お母さんは覆い被さって泣き出しました。
 そのままどのくらい経ったのでしょう?お母さんの泣き声だけがしんしんと響いています。四郎はその声が体に突き刺さるような気がして、これで自分が死ぬことでモグラの子が生き返るのならばこの命など惜しくはないのにと心から思いました。
 四郎の皮膚の感覚がなくなったころ、お父さんがとても小さい声で言いました。

 「あんたも言いたいことはあるだろうが、悪いが帰ってくれないか?四郎さん。・・・そしてもう来ないでくれ。」

 「だけど、僕は・・・。」

 「いいから、帰ってくれ!!」

 怒鳴り声が草の葉を揺らしました。四郎はもう何も言うことができずに、足を引きずるようにして帰りました。

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 次の日、四郎は珍しく遅く起きました。いつもはニワトリの叫び声で目を覚ますのですが、今日は聞こえなかったのです。スズメのおしゃべりも聞こえません。隣のポチも犬らしくワンワン鳴いております。
 そして、目が見えなくなっていることに気がつきました。四郎は深呼吸をして、両親に昨日までの出来事を話しました。

 「いいかい、四郎。お前のしたことは悪いことだ。お前は本当にモグラのことを考えてやらなかった。そして取り返しのつかないことになってしまった。しかし、お前はモグラのお陰でその歳で本当に大事なことが何かを知ることができた。お前の目が見えなくなったのはそれを忘れないためだ。神様に感謝しなくてはならないよ。もちろんモグラの子にも。申し訳ないと思うだけではなく、お前がこのあと何ができるかを考えなさい。」

 しかし、考えても考えてもどうすればいいかわかりません。それどころか目が見えなくなったことでたくさんの人に親切にしてもらい、四郎は申し訳ない気持ちでいっぱいでした。いっぱいでしたが、それをとてもうれしく感じておりました。四郎はお父さんの言葉の意味がわかったような気がしました。



 もう来ないでくれと言われましたが、あれから四郎は毎日モグラの家までミミズを運ぶことにしました。何回もつまづきながら毎日毎日運びました。そしてそれを置くと、見つからないようにそっと帰りました。

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 何ヶ月かが過ぎ、ようやく一度も転ばなくてもモグラの家までいけるようになったころ、四郎がいつものように家のそばまで行くと、モグラの父親が立っておりました。
 
 「四郎さん。あなたの気持ちは良くわかりました。もう結構です。私どもはもういいのです。あの子は最後に笑っておりました。それだけで十分です。あの子は後悔などしていないでしょう。」
 「・・・なぜ、あなたの声が?」

 あれから四郎はすっかり動物たちの声が聞こえなくなってしまっていたのです。

 「ああ、私があなたに伝えたいと思ったからでしょう。なに、別に難しいことではないのです。心が通じ合えば言語は必要ない。現に私たちがいま話している言葉は、私のでもあなたのでもないのです。」

 「そうですか。もうすっかり忘れてしまいましたよ。」

 「それが普通ですからな。あなたには見込みがあった。だからこそ、神様がお許しになったのでしょう。そしてそんなあなただからこそ私たちも許す気になったのです。さあ、これをお受け取りください。私どもの長老からの贈り物です。」

 「めっそうもない。とても受け取るわけには参りません。だって僕は・・・。」

 「それはもういいと言っているではありませんか。そう思ってくださるならば、これをあなたがいいと思うように使ってください。それこそが私ども、いいえ、この世界のためになるのです。それにこのまま持って帰っては私が長老に怒られます。」

 「そこまでおっしゃってくださるのならば。ありがたくいただきます。・・・これは、種ですか?」

 「ええ、目の薬になる草の種でございます。私どもにはどうせ必要のないもの。四郎さんがお持ちください。」

 「随分といいものをいただいてしまって。きっとみんなの役に立てます。」

 「ぜひ、そうして下さい。それでは私はこのへんで失礼いたします。もう会うこともないでしょう。一族で引っ越すことになったのです。なに、四郎さんのせいではありませんよ。このへんの気候がだんだん住みにくくなったのです。」

 「そうですか。寂しくなります。」

 「ですから、どうかお気になさらぬように。それではどうぞお達者で。」

 「なにとぞお元気で。いいところが見つかりますように。」
 
 四郎はずっと種を握りしめて帰りました。

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 それから四郎は種を植え大切に育てました。目のわずらいに良く聞くと評判でたくさんの人が四郎のもとに訪れました。そして、いつのまにかその薬草は四郎草と呼ばれるようになっていました。
 しかし、四郎が自分のためにその草を煎じることはありませんでした。
 そして、四郎が動物たちの声を聞くことも二度とありませんでした。






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