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 空き缶。 


空き缶。

 特別番組ばっかりでつまんないテレビを見るともなく見ながらコーラの缶をいじっていたら、プルタブが取れてしまった。
 「あっ。」
 こんなときによぎる健吾の面影はキライだ。自分が悲劇の主人公になったような錯覚を起こす。
 そんな綺麗なもんじゃない。ここにない感触が鮮明に思い出せれば出せるほど、胸が締め付けられる。五感が悲鳴をあげる。
 (忘れろ、忘れろ、忘れろ…。)
 何度も…何度も…念じるように唱える。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「ほら、これおかしくねぇ?」
 健吾はそう言って、プルタブをとった缶の上面を私に見せた。
 「大口開けて笑ってるように見えるだろ?あはははは。」

 何がそんなにおかしいのか。とにかくあいつは良く笑った。そんなあいつと居ることで私もつられて笑うことが出来た。
 別に特別楽しいことなんてなくてもいい。くだらないテレビ番組だって、バカみたいな失敗だって、あいつが笑えば、みんなベクトルが変わった。それが跳ね返って、跳ね返って、どんどん膨らんでいって、私を巻き込んで笑いの波になる。


 健吾と一緒にいることの方が自然になったころ
 「なんか明るくなったんじゃない?」
 そう言われて、そんな自分に気が付いた。
 (あんたのせいよ。バカ。)
 だけど、言ってやらなかった。出会ったころから全然変わらない健吾が悔しかったから。
 なんだか私ばっかり好きだったような気がする。


 「なっ?笑えるだろ?これ。最初に気が付いたときなんてもう爆笑。しかもここから中身が出てくるんだぜ。口移しみたいで気持ちわりぃったら…」

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 「っはぁーぁ。ダメだぁ。」
 あきらめた。ダメだ、今夜は。
 なんだかそういう日なんだ、きっと。普段はなんともないのに、急に襲ってくる。
 仕方がないから、とことん惨めになってやろうと、パジャマにロングコートを羽織っただけでコンビニに出かける。
 強い月の光。
 「お前のせいだな。」
 呟いて、目を閉じる。月の光を浴びて、私は少しだけ透明になる。そう、だから過去が透けて見えるんだ。


 帰ってきてすぐに、買ってきたビールを開ける。あいつが、いつも飲んでたやつ。
 私はタバコを吸わないから、うちには灰皿がない。だから健吾は必ずこの缶ビールを一本だけ買ってきて灰皿代わりにした。
 灰皿を買ってくればいいじゃない、と言ったこともあったが、ほんのちょっと酔った状態で私といるのが好きなのだと、もっともらしく語って見せた。
 ホント言うと、私はもっと酔った健吾の方が好きだったけど。そんなときくらいしかあまいことを言ってくれない人だった。

 私が気を利かせて前もって買っておいても、やっぱりこのビールを買ってきて、じゃあ、お前も飲めばいいと無理やりコップを私の前に置いた。ビールは苦いから好きじゃないのに。
 「やっぱり子どもだ。」と半分馬鹿にしながら、口移しでコップの中身を流し込まれる。舌がしびれる感覚。それとともに、飛び込んでくる煙草のにおい。

 私が煙草嫌いだから、健吾はいつも換気扇の前かベランダに出て吸っていたけれど、それでも残るにおいが嫌いだった。それくらいは許してやろうと思って言わなかったけど。
 いつのまにか私の中で、それがあいつの香りになっていて、恋しくなったりもしていたことを、絶対にあいつは気付いていないだろう。



 ふと、いつか健吾が忘れていった煙草があったのを思い出した。捨ててなかったのは、いつか返す機会があるかもしれないと思ったからなのか、それともこの香りをなくしてしまいたくなかったからなのか…。

 ライターなんかあるわけないので、ずっとまえに買ってからあんまり使っていないチャッカマンを引き出しから探し出す。慣れない手つきで火を点けた。
 おそるおそる煙を吸う。
 「ごほっ、ごほんっ。ごほごほ。」
 激しく咳き込む。
 「あ〜、気持ち悪いぃ」
 もみ消すのが嫌いだったあいつと同じように、2cmくらい残したビールの缶に、一口しか吸っていないタバコを入れて、ベッドに寝っ転がる。

 涙が出ているのは、さっき激しく咳き込んだからだ。
 気が付いてみると、あいつのことはもう平気になっていた。忘れようとするよりも、こうして思いっきり吐き出してしまった方が案外いいのかもしれない。
 いまの私はからっぽだ。空き缶みたい。何も考えないで済んでいる。



 どのくらいそうしていたのか、気持ち悪いのが落ち着いてから、嫌いなビールとまずい煙草の口直しにテーブルの上にほったらかしてあった気の抜けたコーラを飲む。
 最後の一口を流し込んで、缶の上面を見ると目の部分に水滴がついていて泣き笑いになっていた。

 「バーカ。そんなんじゃないよーだ。」


 玄関に行って、からっぽの缶を潰した。






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