年賀状 |
「ふうっ。」 宛名書き用のペンを置いて、伸びをする。 「あ〜あ、つっかれったよ〜だ。」 ここ数ヶ月で急に独り言が増えた。返してくれる人がいないのはわかっているのに、そんな意味のないこと、合理的でないことをするようになるなんて…。人は変わっていくものなのだと改めて思ってみる。 ……ホントウは淋しいのかもしれない。…… 一瞬よぎった考えに気づかない振りをして、もう一度ペンを持つ。いつのまにか強がりにも慣れた。 今日は天皇誕生日。12月23日だ。毎年のことだが面倒くさがりな俺は25日という期限ギリギリまで年賀状を書いている。そのくせ全部手書きだ。近年パソコンが普及し、プリントゴッコに頼らなくても簡単キレイな年賀状を機械的に生産してくれるようになったが、俺はどうも苦手だ。もらう分には平気なのだが、いざ自分がそのようにして出そうと思うと、なんだか気が引けてしまう。 ということで変な意地により、多少は印刷面をつくったとしても大部分は手書き、といった年賀状を書くことになる。 宛名確認のために去年の年賀状をめくっていると、ふと一枚が目にとまる。 《福田ちせ》 まだその名前に反応してしまうのかと自分でちょっと笑ってしまった。 確かあれは今年の1月4日のことで、年末年始とふたりの予定が合わず、クリスマスの次に会ったときだった。 「今年初めてのキスだから初チューだね。」 と屈託なく笑うちせに「アホゥ」とツッコミがてらにキスをしたことを思い出す。 そのすぐあと、「間に合わなかったんだぁ」と遠慮がちに、ちせが小さい鞄から出したのがこのハガキだった。 「もうね、手渡しした方が早いと思って。」と下を向きながら言ったが、きっと本当は投函するのが恥ずかしかったのだと思う。画面いっぱいに『好き』と書いてあって、その間に『今年もよろしく』と窮屈そうに押し込んであった。 手渡しの方が余計に恥ずかしそうなものだが、そこはちせだ。ちせはそういう人だった。 俺からは年賀状やったっけか? しばしの間考える。…出した覚えがない。 そうだ、やっぱり去年もクリスマスまで年賀状を書いていた俺は「わたしといるのにぃ」という感じで少しふてくされているちせに、その場で直接渡したんだった。 小さく愛の言葉でも添えてやろうかとも思ったが、ちせが横にいる状態で書いているので、そんなクサい真似も出来ずに、結局普通に今年もよろしくと書いただけだった。 それを目ざとく見つけたちせが、取り上げて持っていってしまったのだが、勝手に持っていったくせに「今年もよろしくって、あと一週間でいいの?」と勝ち誇ったように笑うのがいとおしかった。 そのとき俺は、ふたりの名前で誰かに年賀状を出す日が来るのかなぁ、なんてちょっとだけ思って、 「え〜?雄介と結婚したら、わたし『勅使河原(てしがわら)ちせ』になっちゃうじゃん。名前書くのめんどくさいからイヤ。」とちせが言ってたことを思い出して、 もちろん本気じゃなかったんだろうけど、……いや、ちせだったらありうるかも、とか考えてて、 …とにかく一年だけじゃなくしばらくはよろしくするつもりだった。 結局、そのつもりは本当にただのつもりになってしまったのだけれど。 ………今年の分は、どうしようか…。 ちせは今頃どうしているのだろう。誰かと一緒にいるのだろうか。…もしそうだとしても、ちせは俺からのハガキを喜ぶに違いない。それは確信できる。 そう思って、当り障りのないことではあるが、とりあえず書いてみた。 「ずいぶん御無沙汰ですが、お元気ですか?俺は最近…」 だが、それを眺めているうちにやっぱり出さないことに決めた。特に何かの理由付けをしたわけではない。ただなんとなくそう思った。もしかしたら、俺お得意の変な意地かもしれないが、それならそれでもいいような気がした。 ただ、住所がわからなくならないようにだけしとくか、と思って去年の年賀状の上に重ねる。 ふと、カレンダーが目に入って23日だということを急に意識した。 「イブイブか。」 もちろんその言葉はちせから教わったことであり、その時期のちせはものすごく楽しそうだったことを憶えている。 ああ、願わくば今年もちせがあの笑顔でいられますように…。 『今年もよろしく』しきれなかった罪滅ぼしに、とにかくいまは精一杯祈ってみる。 I wish your Merry Christmas and Happy New year つけっぱなしのテレビから軽快なメロディーが流れて、俺はまたペンを握った。 ……小さくしたテレビの音しか聞こえない。やけに外が静かだ。 「ああ、雪か。」 俺のなかに少しだけ君が積もる。 |
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