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 リモコン 


リモコン

 男はなんにでもすぐに影響を受けてしまうタイプだった。久しぶりの休日、それよりももっと久しぶりに映画を見に行った。男は誰かと一緒だと映画に集中できない質だったので、妻を家に置き1人で出かけた。とはいえ妻はいつも男よりも忙しそうだ。家にいてもいつもパソコンの前で仕事をしている。

 ろくに映画情報など調べて来てはいなかったが、見るものは既に決めていた。さかんにCMをやり、巷で話題になっている高度な人工知能が搭載されたロボットの話だ。ここまでくるとロボットではなくアンドロイドと言うのか。根っから文系な男にはそういった知識は全くなかったが、特に気にならない。映画はただ素直に楽しめばよい。ミーハーなところのある男は学生時代から常に話題作を見ることにしていた。前評判は上々のようだ。久しぶりの趣味目的の外出に浮いている男は、心なしか早足で映画館に向かう。

 どうやら、上映までにはまだ時間があるようだ。やはり情報は見ておくべきだったか。しかし、ギリギリに入って混雑しているのも癪なので、これでよかったのかもしれない。ロビーを見渡すとカップルが多い。家を出るときに「ちょっと映画を見てくる」ではなくて「お前も行かないか?」とでも声を掛けて来ればよかったか。自分より確実に十歳は若いだろうカップルを見てそう思うのもいささか気恥ずかしい気もするが、気分が乗っているのでそんなことを考えたりもした。もっとも誘ったところで忙しい妻が応じるとは思えないが。

 映画は面白かった。最新の技術が投入されており、機械らしい部分と人間らしい部分が上手く描かれていた。ストーリーも申し分ない。泣くとまではいかなかったが、感動できた。よい気分での帰り道、道行く人たちがもしロボットだったらと想像して歩くのが楽しかった。映画にあるほどの技術が実際にあったら、この中の誰かがロボットであってもおかしくない。

 笑みを浮かべながら人間観察していると、正面から歩いてくるOL風の女性が紙切れを飛ばした。決して強く吹いているわけではないが、無風ではない。紙は追いかける女性をあざ笑うかのようにひらりひらりと舞いながら、こちらに流され、男の足元に落ちた。余計な関わりを嫌う男はいつもなら無視するところだが、今日は気分がいい。それに相手が若い女性である。拾ってやることにした。ハイヒールで懸命に走る女性が追いつき、ほぼ同時にかがんだが手が届いたのは男が早かった。「すみません。ありがとうございます」そういう女性の声を聞きながら同じタイミングで体を起こす。そのときガシャンという音が聞こえた気がした。歯車がかみ合い、動き出すときのスイッチが入ったときのような音。小さな音だったのでそのときはあまり気にせずに、拾った紙を女性に手渡す。もう一度礼を言ったあとで女性は足早に去っていった。

 もしかしたら、あの女性はロボットだったのかもしれないな。男はそう考えると楽しくなった。それからあとは更なるロボット探しのために耳をすませて歩いた。もちろん、期待などしていない。童心に還ったとでもいうのか、そういう行動が単純に楽しかった。

 しかし、気をつけてみると、不思議と人が通り振り向くたびにガシャンという音が聞こえるような気がする。そして気にすれば気にするほどその音は大きくなる。男はだんだん不安になってきた。

 家に帰ってもその音は続いていた。疲れから来るノイローゼだろうと言い聞かせては見るものの、気休めにもならない。
 その夜、男は久々に妻を求めた。「あら、珍しい。どうしたの?街で仲のいいカップルでも見かけて羨ましくなった?」と妻は茶化したが、男は映画を見る前のような甘い気持ではなかった。執拗に全身を触る。まるで何かを確かめるように。どこかにボタンはないだろうか、継ぎ目はないだろうか。感情の起伏が薄く、冷たい妻がロボットに思えてならなかった。

 次の日、起きてみても状態は変わらない。疲れが取れればよくなるかもしれないと望みを託したが無駄だったようだ。こうなるといよいよ気のせいではない。
 会社に着いてからはさらに悪化した。パソコンの前に座り集中しようとすればするほど機械音が耳につく。オフィスに静かに鳴り響いている何台ものパソコンのファンの音が、実は人々の頭の中でなっているのではないかと思えてくる。全く仕事がはかどらなかったが、気分が悪いので定時に上がらせてもらった。

「こんなに早いなんて珍しいじゃない。何?具合でも悪いの?」
 早い帰宅に妻が声を掛ける。妻は自宅での仕事が大半なので家にいることが多い。しかし、このころには男の感じる機械音はピークを迎え、妻の声すら聞こえにくい状態だった。まるで戦時中のラジオ放送でも聞いているかのようだ。たまらなくなった、男は馬鹿げていると自分でも思いながら妻に問うた。
「お前まさかロボットじゃないよな?いや、みんな、俺の他はみんなロボットなんじゃないだろうか?」
「なあに?早速、昨日見た映画に影響されたの?あなたって昔からそうねえ。そんなことあるわけないじゃない」
 妻は笑いながら答えたが、目は笑っていなかった。そして仕事部屋となっている自室に行くと、なにやら見たことのないリモコンもってきて男に向けた。
「ロボットなのはあなただけよ」
 妻の指が少し動くとプシューという音と同時に男の動きが止まった。

「少し知能と好奇心を下げてみる必要があるかしら。メンテナンスの時期だったしちょうどいいわ」
 妻はそうひとりごち、重たい男を引きずってなにやら回線のたくさんつながっているベッドに男を乱暴に放り投げた。ガシャガシャン。男の体からやかましい音が響いた。






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