サヨナラのあとで |
別れの言葉がなんだったのかなんて覚えていない。 べつにショックが大き過ぎてとか、思い出したくないとかそんなんじゃなく、あまりに普通だったから。 ただ、次に会う約束をしなかっただけ。 嫌いになって別れるんじゃない。 お互いに「好き」なことははっきりしていた。 いつものようにたくさんキスをして、やっぱり君は振り返らずに去っていった。 僕も見えなくなるまで見ていたりなんかぜずに、君が行ったことを確かめると、その場を立ち去った。 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 「友達でいられるよね」 この言葉を言ったのはどっちだったのか。たぶん僕のほうだったのだろう。 別れを切り出した方がこんなことを言うのは図々しいと、君は思っていたに違いないから。 でも、こんなに長い間一緒にいたふたりが、ただの思い出の中だけの存在になってしまうのはあまりに不自然な気がしていた。 約束された関係がなくなっても、君のことを深く解かっているのは僕だったし、僕のことを深く解かっているのも君だった。 どんなに仲のよい友達よりも自分のことを解かっているのは君であり僕だという事実は変わらなかったし、そのくらいのことはふたりとも解かっていた。 そして、自分の理解者がいなくなるということをなぜ選ばなければいけないのかが解からなかった。ふたりともそう思っていたし、相手もそう思ってることさえ知っていた。 それは甘えだったのだろうか? ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 「何してた?」 以前と変わらない調子で電話をしてる。特に気まずくなったと言うこともない。 恋人という約束にどれほどの意味があるのか。たぶん意味というよりも、安心するための安定した入れ物のようなものなのだろう。 じゃあ、僕たちのいまの関係はなんなのだろう。元恋人?確かにそれには違いない。親友?友達?そういう言葉でくくってしまうのも違う気がする。ただ、他の異性の友達とはちがう、特別な存在という事実があるだけ。 相も変わらず考え事をしていると、 「なぁに考えてんの?」 と、伸びた感じの君の声が聞こえる。声と一緒に毛布の擦れる音が聞こえる。君はやっぱりベッドの上で電話している。 「おしえない」 これまでと同じように僕は答える。 「なぁんで?」 含み笑い気味のいつもの笑い声が同時に響く。僕の好きな笑い方。 「おしえません」 もう一度言うと、わざと明るく笑って見せた。 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 別れたことは後悔していない。たぶんこうなるだろうことはなんとなく解かっていたから。 ただ、僕といた時間を君が幸せだと思ってくれていたか、ちゃんと精一杯の気持ちで君と接していたかが気になってしょうがない。 忙しい日々のなかで、君のことを考える時間が減っていくことに不安を覚える。 「すごく幸せだった」 君はそう答えてくれることだろう。 君は嘘つきじゃなかったけれど、やさしいから、僕の不安を訊くことも出来ない。 もし、そう答えてくれるなら、君は僕との時間をどんな風に思い出にするんだろう。 僕のことを思い出すとき、それはどんな僕なのだろう。 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 「なにしてた?」 別れてから何回目の電話だろう。 やっぱり世間話をしている僕らで、やっぱりベッドの上で電話している君で、 やっぱりいつものように笑う君。 だんだんネタもなくなってきて、何も言わない時間が増える。 「そろそろ切ろっか?」言い出すまえに君が、 「さみしい」 と言った。 (ずるい)それが最初の感想。 反則だった。恋人という形がなくなっても君は僕にとって大事な人には違いなかった。 …「大事な人」それがいまの僕にとっての君だと思う。大事な人たちのひとり。欠かしたくない存在。必要な存在。… そんな大事な人にこういうことを言われたら困る。何かしてあげなくてはいけない気になってしまう。 「全く、こんなやさしい男をフッておいてそんな事言うなんて、おバカさんだねぇ」 なるべく軽くなるように言葉を選ぶ。 「うん。……バカだね」 そう素直に出られるとこっちが困ってしまう。例え胸を締め付けられることになっても、君は笑っていた方がいい。 「はいはい。どうすればようございますか?もうそっちには行ってあげられないからね」 「う〜んと、じゃあねぇ、好きって言って」 ……こいつはバカだと思った。 ………そして僕もバカに違いなかった。 「これが最後だからな。もう言わないからよく聞いとけよ………………好きだよ……………」 まだ嘘じゃなかった。 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ こういう関係も楽しいといえば楽しかった。これが「僕ら」という関係だとしたら、とても僕ららしかった。 ただ、君が元気じゃないと僕がつらいように、そんな思いを君がしないように、僕はいつも元気でいないといけないと思った。 せめて君の前では。 そして君が楽しそうなときには、僕はもっと楽しそうに笑ってやる。 だって君ばっかり楽しそうなのも、なんだかくやしいじゃないか。 僕は僕のために、君のために、幸せになってやる。 電話をしながら鏡の前に行き、わざと明るく笑ってみた。 |
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